一葉観音像(唐銅造)
寛政9年(1797)造立。秩父三十二番札所の本尊の模刻。頭上に笠をかぶって手にかいを持ち、蓮の花びらを舟に模して乗っている唐銅製の観音像。その一葉観音菩薩像は1797年、新吉原江戸町の質両替業万字屋の佐野ひで女によって寄進された。ひで女の子である久次郎は当時14歳。ある日、品川沖に遊山へと出かけた際に、不幸にものり船と衝突、水難死してしまう。そこで子の霊を弔おうと思ったひで女は、浅草寺と本所回向院と菩提寺の三ヵ所に数年を費やして一葉観音菩薩像を建立したという、寄進に関する言い伝えがある。今でもこの菩薩像は観音本堂裏に、金網で囲まれて安置されている。
大谷米太郎夫妻像(ブロンズ)
宝蔵門の寄進建立をはじめ、浅草寺の復興に尽くされた夫妻讃仰のため昭和42年造立。「功徳大宝海」は清水谷恭順貫首の筆。
消防殉難者表彰碑
浅草観音の本堂裏にあるこの碑は、宮内省から200円の下賜金をもらった警視庁消防職員が大正元年1916年に建立したものである。碑の裏には幕末の町火消しや警視庁消防隊員など、計120人の殉職した消防関係者の名が連なり、その功績が顕彰されている。また、毎年5月25日に「弥生祭」といって江戸消防記念会の揃いの半纏に纏を振って殉職者の慰霊祭が行われる。 なお、表彰碑の傍らにある二本の石碑は、1961年に建立された江戸消防記念会の碑である。
法華経供養塔
廻国供養のため享保19年(1734)建立。
十万人講供養塔
享保6年(1721)観音堂修繕に際し、別当公然僧正が組織した講中。その時の施主名簿が収納されている。
釘供養碑
団十郎「暫」の像(ブロンズ)
九代目市川団十郎の歌舞伎十八番「暫」の像。大正8年(1919)、新海竹太郎制作のものを昭和61年、十二代目団十郎襲名記念として復元。