淡島堂(あわしまどう)-針供養
淡島明神のご本地仏で「虚空像菩薩」年1回2月8日に「針供養」が行われ淡島さまとも呼ばれております。使って折れてしまった針を豆腐に刺して日頃の感謝の意を表し供養する習わしで有名です、現在の淡島堂は以前の旧影向堂を改修し移築した物で、昭和30年(1956)までは浅草寺の仮本堂でありました。元禄年間、紀伊国(現、和歌山県)の加太神社の霊を移して祭ったものであり。加太神社は淡島と呼ばれる小島に鎮座し、俗称淡島明神とも呼ばれているため、この堂も淡島堂と名付けられた。祭神は少彦名命、堂内には両手で宝珠を持つ坐形の神像が安置されている。この明神は、江戸時代より女性の守り神として信仰を集め、今でも毎年2月8日になると針供養という日頃使いなれた針に感謝し、柔らかな豆腐に差して供養する多くの女性が詣でる。また、以前はこの日に限り針仕事をしない風習があった。(写真は針供養塔)
写経供養塔
昭和33年(1958)観音本堂再建を記念して、観音経百万巻写経運動が発願し、毎年4月から10月の間伝法院で行われる写経と各家庭で写経された「般若心経」「観音経」を10月28日写経供養会を行いこの塔に納めます。
石灯籠
「胎内くぐりの灯籠」と称して、子供の虫封じにくぐらせる。享保年代に造立。
平和塔
浅草地区の戦災殉難死者慰霊塔。台座には湯川秀樹氏の「みたまよとこしえに安らかに、われら守らん世界の和」と刻まれ、清水谷恭順貫首が「和」と揮毫(きごう)。昭和38年建立。
天水鉢
太平洋戦争が激しくなった頃、浅草寺ご本尊をこの天水鉢に奉安し、本堂の地下深くお埋めした、本堂は焼け落ちてしまったが、この天水鉢のおかげでご本尊は安泰を得た。
地蔵尊像(石造)
浅草三業地の戦死者慰霊のため造立。